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ときどき連載コラム「いのち――その断章」(第53回)再開――小さないのちの声を

 北海道の寿都(すっつ)町、神恵内(かもえない)村の2つの自治体が手を上げた。原発の高レベルの放射能が出まくる廃棄物の処分場の選定候補地に。
 わざわざ、なんで。
 寿都の真下には活断層が走り、神恵内は火山の中心から15キロしか離れていない。
 やめたほうがいい。住民を未来永劫(ごう)に苛(さいな)むことは――。
 「もうひとつの意見」「枠外の視座」といったものが寿都にも、神恵内にも入らないんだ。きっと。
 入ってくるのは、「核は平和を生むんだ」「戦争こそが平和だ」なんていう情報だけだ。きっとね。
 いまだに米国の56パーセントのひとびとが原爆投下は正当で、多くのアメリカ人のいのちを救い、平和になったんだと思っている(2015年の原爆投下70周年の調査、ちなみに日本では14パーセントが正当って)。核抑止論を支持し、原発も必要と言うひとたちが、日米両国では多数派であり、「多数派意見」だけがいまだに流布している。
 米国の戦後はAtomic Fireballs(アトムの火薬玉)という飴玉が人気であったように、「ミス・アトミック・ボム」コンテストがあったように、アトミックは「強烈な、刺激的な」程度の抽象的な形容詞でしかないんだ。
 キノコ雲の下で泣き苦しむひとびとの視点があまりにも欠けている。チェルノブイリ、フクシマの視座がないんだ。
 「いのち」のコラムを2年半ぶりに再開する。小さい「いのち」からの声を、伝えたい。ときどきだけど。
(2020年10月26日)

| 虫賀宗博 | いのち――その断章 | 17:26 | comments(0) | - | - | -









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