論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
学ぶ喜びを取り戻す――里さんの授業へ、ようこそ、ようこそ(その2)

 里みちこさんの授業のテーマは「学ぶ喜びを取り戻す」。
 いまの学校というもの、工場(ば)のボルト、ネジのようなひとをどこかつくっているところがある。学校とはそういうものなんだけれども、そうなんだけれども、なんとか生きのびて、生の居場所をつくって、そうして学ぶ喜びを取り戻してゆきたいと願いたい。
 それぞれが縁あって、この世に来たのである。
 必要があって、生まれて来たのである。
 その必要を自覚できれば、感じれば、ありがたい。
 私自身の学ぶ喜びを取り戻したい。
 取り戻していこう。
 そう願っている。
 ようこそ、ようこそ。

  論楽社ワークショップ
2017年4月23日(日)午後2時〜4時。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
里みちこさん(詩人)の授業「学ぶ喜びを取り戻す」。
参加費1000円。要・申し込み(必ず事前に)。
交流会4時半〜6時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 22:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第252回)靖国思想(その1)

 為政者が不正に私腹を肥やす。特権者が理不尽に誰かをいたぶっている――。
 こんなことを知れば、誰だって、「えっ! なんということを」と思うはず。声を出し、為政者や特権者を追求するはずである。
 特権政治家の不正行為に対する怒りは志欲だ。仏教で言う三毒の怒りではない。方向性がある。いのちを壊さない。逆に大いなるいのちを育てる。
 隣国他国で同じような行為が為政者にあると、市民が声かけあって街へ出る。100万人もの街頭の抗議活動が行われる。
 日本ではそんなデモンストレーションはない。全くない。
 一揆や打ちこわし、倒幕と体を張っていた150年前までの日本人は完全に変化してしまっている。
 「なぜか?」と思いつづけている。
 言い方を少し変えてみよう。10年ほど前に「KY」という言葉が流布された。ご存知のように「空気が読めない」という意味の奇妙な略語。侮蔑語だ。ゆえにローマ字隠語なんだろう。
 いま私が問題とするのは、その「空気」だ。その「空気」を読みたい。
 日本列島を覆っているいまの「空気」のことである。
 その奇怪な「空気」の実相は何なのか。
 原因は何なのか。
 どこにあるのか。
 いくつかある。そのひとつが靖国思想だと思う。
 靖国って、こんな字を書いているけど、要するに「安国」だ。「日本国家よ安泰たれ」と祈る思想だ。国家神道という宗教と言っていい。日本列島に150年間漂う「空気」と言ってもよい。
 その「空気」を具体的に書いてみたい。何回かに分けて書きつづってみたい。
 明治以降の天皇制支配国家は宗教国家である。ご本尊は天皇である。儀礼装置として、靖国神社が代表。奇怪な復古神道をモデルに明治初年から創設建立した宗教施設だ。教育勅語が教義書だ。勅語を聖書のように扱う宗教だ。国家神道(国家がつくった神道)だ。
 宗教といっても、国家設計者たちは自覚的だったから、「超宗教」と明言した。宗教なんだけれども、各宗教の上位に位置する「スーパー宗教」。キリスト教、イスラム教という特定の宗教ではない宗教。日本人の多くが自らは「無宗教」と思い込んでいる。宗教とは思わせないほどに超越した宗教と言いかえてもいい。「空気」となった宗教なんだ。
 「超宗教」の「空気」だと思い知らされるために、まず廃仏毀釈(きしゃく)。徹底的に仏教を潰した。仏像を焼いた。
 神社合祀(ごうし)を徹底した。小さい神を壊滅させた。合併させた。鎮守の森を潰しつづけた(南方熊楠の深い戦いを思い出そう)。
 ちょっとズレるけど、神社合祀と同時に市町村合併を始めた。小さい村の、小さい神社を潰して、地名も変えていった。――つい最近の「平成の市町村合併」まで続く。行政は支配の効率化の効果を言う。ワシらにとってみれば、精神・心の空洞化としか言いようがない。
 廃仏毀釈と神社合祀までは、トイレの小さな神に花をたむけ、台所の火の小さい紙に手をあわせて、小さい神と一体となって、場所を清め、それが生活倫理ともなって、生きていた。せいぜい顔見知りの100人ぐらいのひとたちの小さな世界でいのちを育んできた。
 それが壊れていくのである。
 私が私でありえなくなっていく。
 自信が失われていった。私自身を失っていった(これって、実に大変なこと)。
 「二拝二拍手一拝」なんていう神社参拝形式もその当時の政府がつくったものでしかない。それまでは各人の自由な方法信心で祈っていた。
 それでもまだまだ頼るべき共同体の実態があった。村がまだ生きていたころまでは、なんとか心の安定が保てた。それが消えていった。
 幕末に来た欧米人たちの驚きの記録(『逝きし世の面影』)にある、安定したほほえみが消え去った。無表情に近い、新しい日本人が人為的につくられたのである。
 天皇制支配国家の原理は学校と軍隊によって日夜教導させられている(藤田省三センセを思い出そう)。ひとびとは歩きかた、話しかたまで変えていった。「ほほえみなんて軟弱」と思いはじめていった。
 村すら崩壊されはじめている1930年代(宮沢賢治は「村の消滅」を見つめている)。現代に通じる社会的孤立、そして不満不安、バラバラ感が発生。心が乾き切っている。何か月も雨の降らない森のよう。そこに火が付いた(つづく)。
(4月20日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 18:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第251回)下水道工事

 2017年4月、岩倉の現住所へ移舎して、ちょうど30年になる。1987年4月は国鉄の各労組を潰してJRが生まれたときであった。
 その節目にトイレを水洗に改修した。
 「アジア式ぼっとん便所」を大切に使ってきた。20日に1回のペースでていねいに汲み取っていただいたひとたちが、もう高齢。潮時だった。
 10日間の工事中の期間は30年間を振り返り、いろんなことを想起し、浄化する日々だった。
 凡夫の私の試行錯誤の日々。「こうすればよかった」と思いは残る。「水平への広がりが少しでも自らの内部にあったら、30年の歩みはあったのだ」と思いたい。
 その10日間の日録を綴ってみる――。

 

  3月―日
 下水道工事が始まる。いきなりコンクリートを切断する爆音から始まる。穴を掘って、管を通すのだけれども、凄い音が炸裂するんだ。
 おもしろいことが起きる。78歳の大将(工事会社社長)運転のフォークリフトが間違って、私の部屋の土壁をなぜかドーンと壊してしまう。アハハ。
 壁の修理をしてもらうために、部屋の片付け掃除をする。
 思わぬことによって、部屋の浄化ができるものだ。

 

  3月―日
 きょうも工事の爆音が響く。
 手紙を20通書く。30年間、ずっと手紙を書いてきた。「心を届けたい」との思いで投函してきた。それに「『もう手紙は不要』のときはそう言って下さい」という紙もそっと付加していく。
 30年が経った。互いに自然と年を重ねたのだから、「ありがとう、ありがとー」はちゃんと伝えて。

 

  4月―日
 きょうは裏庭に管を新しく埋める工事だ。裏庭の旧管に木々の根が入っていた。詰まってしまっていたのだ。道理で、排水がうまくいかなかったのだ。
 排水が機能しないと、どうしてもジメジメする。豪雨のあと、裏庭が大変だったので、原因がわかって、納得。
 入った、入れたものは出す。流す。その循環が何よりも大切。
 出会ったひとにはちゃんと別れる。また出会い直す。これだ。何よりも大切。

 

  4月5日 
 部屋の土壁を板壁に大工さんにつくりかえてもらう。
 きょう、李珍景(イジンギョン)さんの『無謀なるものたちの共同体――コミューン主義の方へ』(インパクト出版会、訳は今政肇さん)が届く。
 おもしろそう。コミューン主義(commune-ism)は共産主義(communism)の失敗から生まれてきたんだもんね。
 助けあう。支えあう。ひとびとはきのうも、きょうも、あすも求める。失敗しても失敗しても求めつづけるものだと思う。読んでいこう。
 けさ、夢でなぜか今政肇さんが出てきて、「大学教授になることは決まっているのに、講師や准教授になれないので、どうしたらいいか」という相談を受けていた(笑)。その日に届くなんて、おもしろいねえ。今政さんも新しく踏み出そうとしているんだ。よかったなあ。

 

  4月7日
 30年ぶりにジュディがニューヨークからやってくる。ジュディス・エイリーさんだが、ジュディと呼んでいた。ジュディは私の前住所の北白川のほんに近所に住んでいて、すぐ友人になった。
 妙なことを覚えていて、笑った。岐阜の鵜飼いの説明をするのに、私が鵜になり切ったパフォーマンス(のようなもの)をしたらしい。それを30年ぶりに説明してくれる。
 友人というのはいい。心を洗ってくれる。浄化された私自身に出会わせてくれる。

 

  4月―日
 水洗便器を付けられた。さあ、新しい論楽社をつくっていこう。31年目へ。
(4月13日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
ひとの心よ凍てつくな――豊田勇造コンサートへ、ようこそ、ようこそ(その1)

 5月21日(日)、法然院において、豊田勇造さんのコンサートを開く。

  豊田勇造コンサート(118回目の「講座・言葉を紡ぐ」)
 2017年5月21日(日)の午後6時〜8時。
 法然院(左京区鹿ヶ谷御所ノ段町30、市バス(5)(17)「浄土寺」下車、東山に向かって徒歩10分)。
 豊田勇造さん(歌手)の「ひとの心よ凍てつくな」。
 参加費2500円(要・電話申し込み)。チケットはありません。人数確認のためにも、前もって必ず連絡を論楽社までお願いします。
 主催・論楽社(左京区岩倉中在地町148 、TEL075-711-0334、会場がいつもと違いますので、よろしくお願いします)。

 勇造さん、歌い始めて、45年。
 まっすぐ歌いつづけた、まっすぐなひとである。
 「戦争が平和」「隷従が解放」ってなことを平気でヘラヘラと言う時代にこそ、勇造さんの歌を聞きたい。
 タイトルは自然と「ひとの心よ凍(い)てつくな」となった。
 心から、ようこそ、ようこそ。
 思えば、35年もの昔、勇造さんのアムネスティ熱風コンサートを企画。あのコンサートがある意味では論楽社のようなものをつくろうとしたことの出発点だった。原点だった。
 そういう意味で再会のコンサート。原点を確かめながら、私の残りの人生への再出発にしたい(ちょっとオーバーやけど)。
 遠くの友よ、久しぶりの友人よ、ようこそ、ようこそ。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 20:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第250回)安住せよ

 (前回、前々回につづき)心の小さな種の、小さな発芽について、もういちど綴ってゆきたい。3回シリーズになってしまったけど、これがラスト。――おつきあいください。
 人間という存在の中にある、いのちのことを書きたい。

 

  安住せよ
 4月1日(土)にNHKスペシャル「雑草という小宇宙」を見る(「日本ひとごと放送局」の中で、こんな作品もあるんだ)。
 深いものだった。
 絵本作家の甲斐信枝さん(86)がなんと登場(いままで2回、書いてきたね。2017年1月19日「3億年を生きのびたすぎなのように」2月16日「生きた湧き水」を飲め」の2本)。
 道端の小さな草たちに甲斐さんが語りかける。「このひとがね」「あいつ咲いたね」とか言って。ヒト、アイツと呼びかけていた。私も大好きな草たちだけど、こんな呼びかけ意識を持ったことはない。
 甲斐さん、スゴイ。
 理由がわかった。甲斐さんの人生で火事を体験しているんだ。隣家から出火。夜2時のこと。間一髪で逃げたけど、膨大な植物のオリジナル絵のすべてが焼失。
 そのとき、声がしたという。植物たちがいのちの真ん中から呟いたという。
 「安住せよ」。植物たちは何億年に渡ってさまざまな危機を乗り越えてきた。
 「時間が必ず解決してくれるから(大自然にすべてを託して)、安住せよ」。
 甲斐さん、よりいっそう奮い立ち、植物たちに向かい始めたことは言うまでもなかった。
 小さな生きものたちを愛し切っている。愛し切ったひとは愛されるものだ。

 

   贈与
 出会って、そうして亡くなっていったひとたちはあたたかいものを贈与してくれている。
 生の次元は異にしているけど、死者たちはそんなに遠くにはいない気がする。きわめて近い気がしている。
 たとえば、金在述(キム・ジェスル)さん。伊奈教勝さん。実父。
 毎日想い、祈る。
 これらのひとたちの体全体から発する気の流れがいまだに、いまここでも起きている気がするのである。
 そういえば、9条も戦死者の贈与だった。死者は見返りを求めなかった。ただただ生者にあげた。もしも私たち生者にプライドがあるならば、戦死者たちを裏切るわけにはいかないのである。
 死者はたしかにいまいない。しかし、いないものなしには何も生まれない。いまの私たちをつくったのはこの世にいない、無くなったものたちである。忘れてはいけないことを忘れてしまっている。

 

  ある冥想
 こんな冥想がある。観想である。
 「それぞれのひとがどこかで私の父であり、母である」というものだ。
 この世、この世界では、無数の心ある存在いのちが無数の誕生を重ねてあるのであるから、ごくごくあたりまえの理のあることだ。
 計算してみよう。両親、祖父母、曾祖父母……と10世代300年遡るだけで2000人以上のひととひととの出会いがあるのである。あと5世代150年遡れば、6万5千人。もう5世代150年(総計600年)遡れば、なんと209万人だ。もう、私たちそれぞれが万世一系の存在なのであり、事実としてすべてのひとびとが兄弟姉妹親子なのである。
 自分自身にイジワルするひとが「私の父母」という冥想はとくに効果がある。
 慈悲心というものが耕され始めていく。
(4月6日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 08:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
学ぶ喜びを取り戻す――里さんの授業へ、ようこそ、ようこそ(その1)

 里みちこさん、島根の旧友たちとの縁で出会った。その隠岐と出雲の友には感謝している。
 あるとき、里さんから電話がかかってきた。ああだ、こうだとおしゃべりしている間に、こうなったのである(笑)。
 ようこそ、ようこそ。
 ワークショップってしたのは、中平順子さんの紙芝居のときもそうだったけど、里さんの詩語りもふだんの流れとはきっと違うからだ。
 どう違うか。
 里さんの自らの詩文の描き下ろしが論楽社に張られ、自らの詩の語りを中心にある種の「授業」が繰り広げられることになるからだ。
 その「授業」は「すべての文字言葉はひとを喜ばせ、ひとを豊かにさせるものだったのだ」ということにきづかさせてくれものだ。
 つまり、言いかえれば、なんで、いまの学校のセンセも子どもたちもみんな、文字言葉や漢字の用語は暗記するもの、覚えるもの、辛いもの、幸いではないものということになってしまったのだろうか。なぜ、言語言葉でひとの頭をたたいたりしてひとに優劣をつける材料になってしまったんだろうか。
 言葉やひとに出会うって、もっともっとワクワクすること。もっともっとドキドキすることなんだ。

   論楽社ワークショップ
2017年4月23日(日)午後2時〜4時。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL 075-711-0334)。
里みちこさん(詩人)の授業「学ぶ喜びを取り戻す」。
参加費1000円。要・申し込み(必ず事前に)。
交流会4時半〜6時半(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 18:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
あきらめない――3月例会「沖縄のいま」レポート

 3月26日(日)、矢ヶ崎響さんの3月例会。
 心やさしい響さんがていねいに伝えてくれた沖縄のいまである。ありがとう、響さん。
 いちばん心に残ったシーン――。
 (沖縄・東村)高江のひとたち、支援しているひとたちを、700人、800人の機動隊員が叩いているではないか。
殴っているではないか。
 非暴力の抵抗市民に暴力をふるっているではないか。
 スゴイ光景だ。
 響さん自身はゴボウ抜きされただけだったけども、「高江を守れ」という看板を立てた車にいた不服従のひとびとは、ラグビーのFWのような機動隊員によって押されたり引っぱられたり叩かれたり殴られたりしているのである。
 行き止まりの暴力だ。(レベルは違うだろうけども)チベット、パレスティナにおいて行使されている暴力と同じだ。
 反対派のリーダーが「これでは死者が出る」と判断。「自主撤退だ」と引いたのはよかったかもしれない(しかしその後そのリーダーは逮捕され、代用監獄に5か月間も拘留された。起訴されるわけでもなく宙ぶらりんの状態にして「いじめる」のである。保釈金が700万円もスゴイ)。
 何の権利権限があって警察は非暴力のひとびとを叩くのか。
 「放置国家」(翁長県知事がそう言っているんだ、オヤジギャグではなく、切々たるギャグだ)。暴力放置国家。
 米国の植民地としての日本、その日本の植民地としての沖縄(「日本に主権があるというフィクションによる長期レンタル」1947年昭和天皇発言)。二重植民地として放置されながらも存立せざるを得ない沖縄。なめられる日本、なめきられている沖縄。
 何度も繰り返すけど、普天間基地の移設が辺野古新基地建設ではない。菅官房長官なんか「移設、移設」と言っているけど、違う。21年前の日米合意(これも米軍の命令だろう)は「返還移設ではなく、好条件付きの移動」でしかなかった。「米軍が軍港付きの基地を半世紀前からほしくてほしくてしかたがなかった」ので、辺野古だったのだ。移設はフィクション。
 高江がヤンバルの豊かな森ならば、辺野古はジュゴンのいる豊かな海だ。その海を米兵のためにわざわざ潰すのである。「なんでや」と思って、フツー。コモン・センス(共通感覚)。
 3月26日(日)に響さんが翁長知事の動画を見せてくれた(私のようにインターネットを知らない人間は「おお!」と感心)。知事はこう言う。
 「いくら必要と言われたところで、(日本のひとたちは)十和田湖や琵琶湖を潰してでも基地をつくりますか。松島湾を潰してでも基地をつくりますか」(なんで沖縄にだけ、唯一の解決法として押しつけるのか)。
 「大きな包容力をもって(この危機に)取り組んでいこう。
 (政治家の口から「大きな包容力」なんて聞くと、ドキッとするね、「イデオロギーじゃなく、アイデンティティだ」と言う保守政治家は立派だ)。
 響さんの話は「勝つ方法はあきらめないこと」(辺野古の海沿いのテント小屋に掲げてある書)ということで、終わった。
 そのとおりだ。あきらめないこと。それが負けないことだ。
 そのために次の問いかけを自らに投げかけてみよう。私たちは風をいまここで感じているのか。死んでいったひと(友であり、先生たち、両親ら……)と対話しているか。(子どももいてもいなくても)次の世代のひとたちへちゃんと精神のバトンをリレーしているか。首相や各大臣にハガキを書いているか(「非暴力の市民に暴力をふるうな」「辺野古や高江の基地つくるな」と、でないと賛成とカウンティングされてしまう)。
 大学生の参加者が言っていたね。「いま沖縄でおきていることが次は日本中に起きるんじゃないか」って。
 そのとおりだ。「ひとごとや」と思っているかぎり、次は日本中だ。
 響さん、ありがとう。いい話でした。ありがと――。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 18:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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