論楽社ほっとニュース

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連載コラム「いまここを生きる」(第249回)問いかけ

 (前回に引きつづき)私の心の土に蒔かれたいくつかの種の発芽に気づいてゆきたい。
 短い、無器用な断片メモのような、走り書きでしかない。
 私は私なりに、いまここを生きている。「そんなアホなことを思い、信じているのか」と言われても、沈黙する以外にない。ちょっとでも参考になれば、うれしい。
 以下5つのメモ書き――。

 

  ユーモア
 あたかも行き止まりの壁のように現在(いま)が思える。そんなとき。
 「壁の向こうには何がある?」と聞かれるとすると、どう答えるのか。
 よくわからないけど、こんな答えかなあ。
 向こうにも笑いがあると思う。ユーモアがあると思う。それらが日常の暮らしの実態の姿を明証していると思う。現在(いま)がそうだから、壁の向こうだって――。

 

  鴨
 池をのんびり泳いでいる鴨。
 世界を信じ切って、泳いでいる。
 ほんとうに世界を信じてる。

 

  麦
 いっぽんの麦。
 いっぽんの麦の根を全部つなげば、なんと600キロメートルの長さになるという研究者の話。信じられる?
 600キロといえば、東京から岡山までの距離。
 しかも、根の姿は見えない。
 とてつもない根の力によって、いっぽんの麦は立つ。


  問いかけ
 「草の生えた小道と倒れたリンゴの木を保つ文明」が滅ぼされ、その病みを「深く感じる権利」がひとびとから失われた時代が20世紀だった(E・M・フォースター)。
 日本の場合、「深く感じる能力」だった。その「能力」だけで、江戸期末まである文化のピークのひとつを形成した(『逝きし世の面影』)。
 明治以降の150年、その「能力」を潰しに潰した。学校軍隊そうして国家神道の力をもって潰した。戦後は米国も加勢して潰した。
「深く感じる能力」はほんとうに消えたのか。根のない木になってしまったのか。「小さな神」をほんとうに感じられなくなったのか。
 これらの問いかけが私を育てようとしていてくれる。

 

  川
 川の流れを見るのが好きだ。
 思い出す川の流れ。
 出雲湯村温泉から見る斐伊川。槍見温泉から見る蒲田川。故郷の堤防から見る木曽川。現住所地のカワセミがいる岩倉川。
 流れるものは消えていく。消えないものは、流され得なかったものが残していった映像だ。
 歴史は過去ではない。過ぎ去り得なかった記憶である。生きのびた記憶の現在(いま)だ。
 川はきょうも流れる。
(3月30日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 07:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第248回)灰

 「けさも目が覚めた」「きょうも生きている」と思う。
 ありがたいことだ。
 そんな目覚めのとき、いろんな断片がいっせいに湧き上がってくる気がしているのである。
 そんな断片メモのような、短詩のような、走り書きの4つを以下に書いてみる。
 心の土から発芽した種の育ちに耳をかたむけてゆきたいと思うけど、うまくいくかどうかはわからない。いまここを生きようとしている私の姿でしかない。
 さて――。

 

  金木犀
 金木犀(きんもくせい)は実を結ばない。だから、どうなのだ。
 光をしきりにあつめ、緑の充実を深め、秋に甘い強い香りを放つ。そうして再び光をあつめ、次の秋へ歩み出す。
 葉の繁り、枝のつややかさ。たき火をしてもいちだん強い香りを放って、深い充実を知らせる。
 実を結ばないことがどうしたのか。金木犀は自らの生の自由をもって、存在を知らせている。

 

  死者たち
 いつのころからか、生者たちは死者たちと対話しなくなってしまった。
 未完で死んでしまった死者たちがいまなおこれほどまでに残した生者たちのことを心配し、慈しんで、思いつづけているというのに。
 生者たちは何ひとつ自らの力でつくれない。平和ひとつも死者たちとともにしかつくれないのに、知らない間に死者たちのことを忘れてしまい、その結果、戦(いくさ)ばかりがはびこっている。
 この世に参加しているのは生者たちだけではない。

 

  木は知っている
 欅(けやき)は知っている。ひとは何もしないでいることができないことを。何をあんなに慌ただしく動いているのか。
 栂(つが)は知っている。ひとは何も壊さずにいることができないことを。何であんなにひとはひとを傷つけているのか。
 橅(ぶな)は知っている。ひとが非在の風景がいちばん美しいことを。ひとはいちばん美しい風景を見ることができないことを。

 

  灰
 そのひとは昔から老木を見ると遠い祖先に会ったように涙が込み上げるという。
 そのひとはいまも木の家に住み、薪ストーブで暖を取り、炭や灰になっても土の中で役に立つ木が好きだという。
 そんな手紙をくれたひとがいる。
 薪ストーブで出た灰を「もらってください」と書いて、そのひとは道端に置いた。その道は私の散歩道。私は生ゴミを裏庭に埋める。その中和剤としていただくことにし、礼状をメモした。その返事が届いた。
 生きている時にたくさんの酸素をもって生物を救け、木陰を作り、紅葉を魅せる樹のような人間になりたいという。そのひとの名に、「樹」の字があった。
(3月23日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 08:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
辺野古は負けない――3月例会へようこそ、ようこそ(その2)

 3月26日、矢ヶ崎響さんの3月例会「辺野古は負けない」へ、ようこそ、ようこそ。
 響さんは両親が広島から沖縄へ移住。沖縄にて出生。ふだんは算数教師。フリースクールなどで子どもたちといっしょに学びあっている。
 私は沖縄・辺野古へ行っていない。「行きたい」と思っているけど、行けないんだけども、いろんな思いの寄せかたがあると考えている。
 私はヘタな字で「辺野古は負けない」と小さく書いて、論楽社の玄関と座敷に張り出している。それだけはしている。
 運動をやりたいんじゃない。私はひとり。小さいひとり。そのひとりが小さく表明して初めて、私と同じようなひとりのだれかにつながっていくのだと思う。
 この「ほっとニュース」だって、全く同じ。小さいひとりが小さいひとりに手渡す。それだけ。「ひとりからひとりへ」が大切なんだと思う。
 米軍と日本政府の軍拡連合体。新自由主義の実践者たちの複合体。それらに勝つことは大変。たいへん。
 負けないことが重要。沖縄戦の死者たちの加勢も含め(沖縄においては、死者たちとの濃密な対話が未だ存在している)、負けないことが大切やと思う。沖縄は負けない。
 私は私で「日本の戦後をお払い箱へすんな」との思いがある。
 3月26日、響さんのひとりの声を聞こう。参加者ひとりひとりで受けとめ、ひとりからひとりへとバトンを渡していこう。ようこそ、ようこそ。

   2017年3月例会
3月26日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
矢ヶ崎響さん(京都沖縄県人会事事務局次長)の「辺野古は負けない」。
参加費1000円(要申し込み)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

 4月、5月の予定。ワークショップとコンサートへ。
 ようこそ、ようこそ。
 カレンダーに印を付けておいてね。
 4月23日(日)午後2時〜、論楽社にて。里みちこさん(詩人)のワークショップ「学ぶ喜びを取り戻す」。
 学校現場がますます厳しくなっている。文字言葉がひとを喜ばせるものではなくなってしまっている。すべての用語はガマンして覚え込むものでしかない。すべての言葉はひとを喜ばせ、豊かにさせるものだ。里さんとともにちょっと「取り戻し」てみよう――。
 5月21日(日)午後6時〜、法然院にて。豊田勇造さん(歌手)のコンサート「ひとの心よ凍てつくな」(講座・言葉を紡ぐ)。
 豊田さん、歌い始めて、45年。私にとっては35年ぶりの再会コンサート。再び凍てついた時代に熱風よ、吹け――。
 詳しくは、またね。共謀罪の戒厳令の時代、「ひとの心よ凍てつくな」――。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 18:41 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
辺野古は負けない――3月例会へようこそ、ようこそ(その1)

 3月26日(日)、矢ヶ崎(やがさき)響(ひびき)さんに三たび来ていただく。
 沖縄のこと。辺野古のこと。高江のこと。
 スライドを使って、いっぱいいっぱい話していただこうと思っている。質問もいっぱいして――。
 いま、こんなことが起きている。反対抗議活動するひとに「ぼけ、土人が」と言った大阪府警の機動隊員に「出張ご苦労さま」と大阪府知事がツイッターするのである。
 なんでこうなるのか。
 「戦争が平和」「差別がご苦労さま」という逆転反転がすでに起きてしまっているのでないのか。
 辺野古のジュゴンのすむ海へ、コンクリートブロックをじゃんじゃん投入していく映像が本土においては極小化され、黙殺されてしまっている。黙殺は暴力である。
 片や一方、北朝鮮の弾道ミサイル発射の映像は極大化され、露出されてしまっている。露出も暴力だ。「北朝鮮は日米両国の軍拡の協力者か」と思わせるほどだ(冷戦が終わって30年になるのに、「冷戦」の枠組みを変えず、軍拡を東アジア各国は突き進む)。
 もういちど、おさらいをしよう。なんで辺野古で座り込みの不服従抗議抵抗運動が起きているのか――を確認しよう。
 辺野古の海に新基地をつくる。普天間の移設ではない。米軍の命令の下、日本の意志とゼニで新しく建設するのである。米国に差し上げて、日本人はきっと新基地に入れないであろう。
 いままでの沖縄の米軍基地は銃とブルドーザーで米軍に取り上げられたもの。それはそれで全くの暴力。ひどいもの。
 しかし、こんどの新基地は新しく日本政府の自由意思で沖縄のひとびとの心を踏みにじって建設しようとするもの。意味が全く違うんだ。
 これは日本本土自らの戦後そのものが問われている問題。なんで日本が米国の植民地にさせられており、なんでそれが秘密にされたままになっているのかということなんだ。黙殺できる問題ではないのだ。
 黙殺をつづけてはいけない――。

     2017年3月例会
3月26日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
矢ヶ崎響さん(京都沖縄県人会事事務局次長)の「辺野古は負けない」。
参加費1000円(要申し込み)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
「オレを騙したのか」――2月例会レポート

 2月26日(日)の斉藤貞三郎さんの「歴史の伝承」、よかった。
 ハンセン病回復者のひとたちと家族ぐるみで20年間以上に渡ってつきあい、自らの心が耕されていった歩みが自然に伝わってきて、とてもよかった。
 遠く広島、福井からも参加してくれ、病いのかたも来てくれ、とてもうれしかった。

 

 斉藤さんの話、ハンセン病回復者のひとりひとりの涙と怒りの意味を伝えていたね。
 川島保さんの遺骨を家庭に黙したまま墓に入れたお兄さんの涙。
 金泰九さんが園内結婚し、かつ、ワゼクトミー手術(輪精管切断手術)を拒否したので、生まれてきた子どもを「殺さざるを得なかった」。その涙。
 それぞれ初めて聞く。
 知らなかった。
 どれだけの深い涙だったか。
 伊奈教勝さんの「一回だけの厳しい怒り」もスゴイ。そう思ったねえ。
 ふだん温和な伊奈さん。誠実に僧侶の役割をこなしていた。
 「お国のために」兵隊へも行き、「お国のために」愛生園へも入ったと自分自身を納得させていたんだと思う。
そういう、いわば体制派の伊奈さんがしだいに光田健輔さん(愛生園初代園長+文化勲章受章者)への批判者へ転じていったのがスゴイ。
 斉藤さんのインタヴューの中で、そのときだけ顔色を変え、「『オレを騙したのか』と光田園長には言いたい」と伊奈さんが語る場面だ。初めて聞く。
 この瞬間だ。この瞬間に音をたてて、光田さんの終生隔離政策が内部から崩壊はじめたのではないのか。
 温雅で保守派の伊奈さんですら、「オレを騙したのか」と言いはじめたのである。
 近藤宏一さんの「らいになって、よかった」がすべてを無化させるスゴサならば、伊奈さんのは本名宣言へ、反転させるスゴサだ。
 いかに強固な支配差別構造も、深い気づきによって崩壊しはじめるのである。
 それが歴史というもの。
 縁あって私も斉藤さんも音をたてて崩壊していく現場を見てしまったのだと思う。
 論楽社の中心にあるハンセン病問題。
 その中心を忘れることなく(忘れようがないけど)、さまざまな問題にこれからも立ち向かいたい。
 斉藤さん、ありがとう。ありがとうございます。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第247回)踏切板

 「愚かさによって繋がりあう」(前回246回目のコラム)のひとつの回答例を示してみる。
 人生皆苦(じんせいかいく)。じゃあ、その苦とは何なのか。
 「人生は思い通りにはならない」ということ。あるいは、「予想外の、常識を超えたことが起きる」ということ。そんな感じでまずは人生を捉えてみよう。
 「無我」「無常」を省察し、「そうや、ほんまに思いどおりにならんな」とすべてを受け入れることができるひとは、以下の文章は全く不要。これはこれで全く問題なし。祝福ある人生がある。
 受け入れられないひとは、悩み苦しむ。「なんで私がこんなめに会わなきゃならないのか」と嘆く。それが凡夫の私だ。
 どうやって解決するのか。
 酒を飲む。友人と話す。旅をする。本を読む。占いに凝る。カウンセリングを受ける――。
 いろいろと考えられるし、それぞれが悪くはない。
 しかし、酒を飲んでも、飲んでいるときはその薬物の効用でハイになり、しばし苦は忘れる。でも、その効用が切れれば、元の木阿弥。副作用もあり、である。
 それぞれば一長一短。どうすれば、よいのか。
 凡夫の苦は消えないではないか――。
 以下、私の試みの解決法の一部を書いてみる。
 解決に努めつづけている、ということを強調しておかねばならない。一部であるということを、強調しなければならない。詰めなきゃいけないというところは、ヤマほどある。「えいっ、書いちゃえ」という感じで書いてみよう――。

 

 「人生には起きる苦は、常識を超えて存在します。常識を超えて存在するものを常識内の方法をもって解決できるのでしょうか。考え直してみる価値があります。いま、少し語ろうとする『無量寿経』なんて、長大な物語です。常識なんてふっ飛ぶ物語です。」
 「ブッダは実在のひと。そのブッダの瞑想法(アーナーパーナ・サティ・スッタ)もきわめて効果があります。いまここにおいても有効です。そのブッダの教えを聞けなかった膨大なひとびと――ほとんどのひとびとはブッダのように出家しようにもできません――のすべてを救い出そうとする物語が『無量寿経』です。実在のブッダをつつみこんだ『もうひとりのブッダ』のアミーダの物語です。愚を愚のまま受け入れていく道が発見されていくのです。」
 「『無量寿経』を本として読んでも伝わらないのです。ひとに出会わなかったら、わからないのです。『よきひと』に出会って、納得得心して、すべてが始まるのです。合理ゆえに、信じるのですね。どうもがいても愚かさから逃れられないという筋道を知ってしまうことによって、すべてが始まります。これが踏切板になるんです。ドンドーンと踏み込む。すると、愚かさの中にいろんなことが見出されてきます。」
 「法然も親鸞も一遍も、寺院をつくったり、教団をつくることは考えていなかったのです。すべて在家の連中がせいぜい20〜30人でワイワイやっていくのを希望していたと思います。実際に100年近くは法然や親鸞の心は残り、少人数でブツブツやっていたと思います。現在(いま)も教団宗門とかかわりなく、ブツブツワイワイやればいいんです。そうすれば、死後の浄土なんて考えなくなり、いまここの場所が照らされ、自らの無意識すらが耳をすませて、念仏の声を聞くようになっていくのです。そういう地平に立てば、『オレもアホやけど、アンタもアホやな』という風景が見えてきます。」

 

(3月16日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 21:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第246回)すでに始まっている未来

 光の春を迎えている。近づく春の光は美しい。
 もうすぐ、3月11日をまた迎える。
 あの原発の事故からも6年が経つ。
 政府や電力会社にとってみれば、チェルノブイリのときにそうであったように、「事故を極小化し、このチャンスに原発の存在価値を広めよう」と思っていることだろう。
 あの事故は犯罪だと想う。
 しかし、さまざまな免責の条項があり、知らんぷりして逃走することができる。ヤツらは最初から知っていたのである。
 昨年4月の電力自由化以来、「もう少しどっどどどどどうと関西電力や東京電力から離脱するひとがいるだろう」と思っていたけど、甘かった。わずか1パーセントだった。
 ひとびとのアキラメ主義(すべてがシカタガナイ、今だけ金だけ私だけ主義)をヤツらは最初から知っていたのである。
 すべてに私は甘い。アキラメ主義だってある。
 そして、愚かである。
 とくに体の中心にスッポリ穴があいたように愚かであると思うのである。
 3・11を思いながら、なかなか読めなかった『始まっている未来――新しい経済学は可能か』(宇沢弘文さんと内橋克人さんとの対談、岩波書店、2009年、以下本書とする)をつるつると読了。
 「始まっている未来」の予兆の光は私なりにも見えている気がする。
 でも、本書に登場してくる「未来なんか始まらせないヤツらの業(ごう)」の数々に、ただ唖然とする。
 そうして本書の中で、「ごくふつうの常識」って感じで話されている以下の事実も私は知らなかった。それぞれにワシらのいのちを削りながらの話だ。
 たとえば、その1。戦時中米軍は米国の自動車産業のために日本を褒美(ほうび)として差し出すために日本の各都市を徹底的に爆撃し燃やしてしまったということ。日本の木造家屋が燃えやすいようなナパーム焼夷(しょうい)弾をわざわざ実験開発して――。そうして自動車が普及するような広い道路をつくり、日本人の生き方・考え方を米国の製品・産業に順応する形につくり変える教育をしたということ(本書P.56〜57)。
 たとえば、その2。日本の農業と農村を敗戦当時余剰農産物に困っていた米国とは競争できない形にするということ(つまり、たたき潰す)。「米を食べると頭が悪くなるから、パンを食べろ」とか言って、米国の小麦お消化させる意図で占領政策を展開したということ(本書P.41/P.57)。
 たとえば、その3。日米構造協議(1989年)の核心は日本にGNPのなんと10パーセントも公共投資に当てる、しかも全くムダなことに使え、生産性を上げるために使うなという条件つきだということ(本書P.42/P.54)。その結果、リゾート法ができた。
日本の官僚組織はすべて唯々諾々として従った。日米合同委員会において、米軍の指示通りに盲従するのと同じ。
 イギリスがインドを植民地にしていたとき、「インドを守っている」という名目でイギリスの軍事費をインドが支払っていた(本書P.56)。日本も米国に同じようにさせられているし、「米国の公務員の年金を日本に支払わせよう」ということになっても、日本は拒否できるのか。すでに「始まっている未来」だ。
 ワシらは愚かさによって繋がりあう以外に打つ手はもはやない、アホに徹し、アホを米国にかます以外に打つ手はない。そう思いながら、6回目を迎える。
(3月9日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 20:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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