論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
弱さという恵み――とりいしん平さんのホームコンサート

 9月1日(土)にとりいしん平さんを迎えたね。
 しん平さん、登る道は違うけど、同じ方向に向かって歩んでいると思っている。
 うれしいひととき。
 しん平さん、最初に「神学生ブルース」を歌う。
 50年前の「受験生ブルース」の替え歌(半世紀前の元歌、知ってる?! 知ってないと替え歌にならないけど、まあ、いいか)。
 軽妙な歌声が響く。

♪1.おいで みなさん聞いとくれ 僕は還暦大学生 定年退職した後は 同志社大学神学部
 2.うれしはずかし入学式 18、19の子にまざり 新入生席に座ったら 「お前は保護者席」と非難の目
 3.40年ぶりのキャンパスは 見るもの聞くもの新しく 便利できれいでスマートで 立て看・ヘルメットよどこ行った?
 4.耐震補強に身をかため 文科省助成金に支えられ 優秀な学生に囲まれて 浦島太郎の老学生
 5.授業の合間に通うのは 失業手当のハローワーク ローンと学費で消えていく 汗の結晶退職金
 6.楽しいサークルなんのその アルバイトにも目をくれず 必死で授業についていく ギリシャ語コンピューター身につかぬ
 7.朝は4時から起きだして 始発で京都今出川 満員ラッシュをさけていく 読書のつもりが二度寝して
 8.立派な牧師になるんだと 教会の皆さんに励まされ 後にひけない60歳 牧師の卵の60歳

 しん平さん、信頼している牧師から、「牧師にならんか」と言われたのが3年前。
 その牧師、被差別部落に生まれ落ち、それゆえに人権を希求し、世界各地も訪れた。その活動の最(さ)中、倒れる。
 後遺症が残り、身体はいまも不自由。腕も肩より上にはあがらない。
 その牧師から励ましを受ける。
 出会いの恵みを思う。
 しん平さん、ギターを持ってニコニコ顔で歌う牧師になっていくんだ。
 とってもいいねえ——。
 話が自然とひとの弱さになっていく。
 弱さ。強さが単に欠如しているというようなことではない。
 老病死や煩悩苦悩を抱えてある、荒波にさらされてあるひとというものの本質のこと。その本質を原生命(いのち)が支えている。いのちは透明な青空だ。
 私ももっともっと気づいていかなきゃならない。優生主義(思想)なんていうものの真逆にある恵みが弱さ。
 その弱さが神話的時間(鶴見俊輔)を生む。時間とは生そのもの。
 その生そのもののあったかく豊かな世界をしん平さんはいろんな本、絵本を使って、伝えてくれる。おもしろい。弱さの神学・人間学。
 しだいに「もったいないな、この恵みを知らない会社社会とは」と思うようになっていく。ほんとに日本は変わらなければならない。
 あるひとがしん平さんに質問。「介護を受ける母は自らの弱さを嘆いている。弱っていく自分自身が受け入れられない。いまこそ、イエスが傍らにいてくれていると思うときなのに。熱心な、強い母の信仰心がつらい」と。
 しん平さん、黙ってうんうんと頷きながら、次の歌を歌った。ちょっとびっくり。
 私が綴った「雨戸」。前にも記したけど、いまいちど、書いてみる。
 しん平さん、心に沁みる話、ありがとうございました。忘れられないひとときでした。

雨戸
    詩・虫賀宗博
    曲・とりいしん平
いまはもうすでに朝なのに
なんで雨戸が閉められたままなの
思い切って雨戸を引き開いてごらん
いちまいずつ いちまいずつ ちょっとずつ
朝の光が差し込んでくるだろう
ぬくもりの光が縁側のほうへ 座敷へ 台所へ
入ってくるだろう
ぬくもりの光が

 

失うものがない心には 喜びしか流れ込まない
新しい私を見つけ出すことによって 私は私自身を越えていく
失うものがない心には 喜びしか流れ込まない
新しい私を見つけだすことによって 私は夜を越えていく
ラ ラ ラ ラ ラ ラ
ラ ラ ラ ラ ラ ラ
雨戸

 次回の10月例会は、新しい試み。10月14日(日)の午後1時〜4時、スワローカフェのひとびとが育てた丹後半島の米のおむすびを、ともにいただく。2018年の新米だ。遅い昼食をともにいただく。
 詳しくは、また。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 21:33 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
生きのびる愛――とりいしん平さんの9月例会へ、ようこそようこそ(その2)

 9月1日(土曜日だよ)、とりいしん平さん。
 ようこそ、ようこそ。
 しん平さん自身の絵(小さなカット絵)によって、しん平さんを紹介する。
 伝わるかな。
 まず、歌う(カット絵A)。手紙に添えてあったんだけど、自画像かな。
 歌を歌うひとの姿は、みんなそれぞれ、美しい。楽しい。
 次に、想う(カット絵B)。天上に大風(良寛)。ならば天下にも大風。微風が微髪をゆらす。
 もういちど、歌う(カット絵C)。これもFaxにあった。絵がいつも添えられている。
 しん平さん、まっ赤な帽子をかぶる。それが似合う。そんな男のひと、他にいないよね。
 歌を歌うひとは、自らの体から風を起こす。
 天下にも風を起こす。
 冷えた魂を温める風が起きる。
 やわらかい風が起き上がる。
 いまここに生きて在ることを感じるひとときを、しん平さんの歌によって、参加者とわかちあえることを、うれしくありがたく思う。
 土曜日ですけど、ほんとに、ようこそ、ようこそ。

    2018年9月例会
9月1日(土曜日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
とりいしん平さん(ミュージシャン)の「生きのびる愛――絵本・歌・詩そして対話」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので事前に電話を)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

カット絵A

 

カット絵B

 

カット絵C

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 17:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
生きのびる愛――とりいしん平さんの9月例会へ、ようこそようこそ(その1)

 夏休み後の9月例会は、9月1日(土曜日)。ごぞんじの、とりいしん平さん(ミュージシャン)。
 いつもの絵本+詩(話)+歌の三位一体の世界。しん平さん、テーマの切りかたがいつも鮮やか。暖かい。
 今回の切りかたは、「とりいしん平の生きのびる愛」。
 どんな絵本かな。どんな詩(話)か。どんな歌なんだろうか。しん平さんにおまかせのミニミニ舞台が展開されるだろう。――鳥井新平さん、舞台に立つと、とりいしん平になる。
 「愛について、弱さについて、考えあい語りあえたらいいなと考えています」としん平さんの手紙にある。
楽しみだ。
 「生きのびる愛」は金在述(キム・ジェースル)さんから授かった言葉。金さんは私が父のように慕ったキリスト者。「人間は伸びなければならない」「生活のゆとりを祈ります」「社会から必要とされる、生きた人間になりなさい」。それぞれの言葉、強すぎると思うひとがいるかもしれない。でも暖ったかい金さんが発すると、「竹が天に伸びるように、さあ、伸びてゆき、生きのびていこう」と思えるのだった。
 そんな言葉を、しん平さんと参加してくれる友人たちとともに味わいたいと思う。
 しん平さんとは2004年に能登川図書館で出会い(才津原哲弘さんのおかげ)、その後、なんども軽妙な歌を論楽社で聞かせていただいたね。
 近江兄弟社学園の小学校教員を2018年3月に退職。この4月から同志社の神学部へ入学。大学生だ(どんな話が聞けるんだろうか)。いま牧師を目指す学びをしているんだ。
 9月1日(土曜日ですよ)、ようこそ、ようこそ。
 近所のひとも、遠くからのひとも、ようこそ、ようこそ。

    2018年9月例会
9月1日(土曜日)、午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
とりいしん平さん(ミュージシャン)の「生きのびる愛――絵本・歌・詩そして対話」。
参加費1000円。要申し込み(私宅なので事前に電話を)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制)。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 12:06 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
「もういいよ、罪人じゃないよ」と両親に伝える――黄光男さんの「講座」レポート

 体温以上の炎暑が続く。北極海の氷もグリーンランドの氷河もどんどん溶けている。どうなるのか。
 それでもワシらにできることは、ただリンゴの木を植え、ブナの種を蒔くこと。お大切に。

 

 7月15日の黄(ファン)光男(クァンナム)さんの「講座」から10日も経った。レポートを綴る。
 ときどきあるんだけども、そのひとの「親問題」が「親子の問題」であることがある。
 黄さんの「親問題」も、両親とのことが深く絡んでいることに気づく。
 両親ともハンセン病になった。その親子の全体を黄さんが背負うと言い変えてもいい。
 具体的に言おう。
 長島愛生園が「らい予防法」に基づいて運営されていたころ、社会一般とは異なる風習があった。治外法権でもあった(この点、米軍基地といっしょ)。まず、このこと、押さえてほしい。
 たとえば、結婚。社会で結婚していたひとでも園内で結婚しているケースがある。言うまでもなく、重婚だ。違法だ。しかし、園に国内法は入ってこない。園当局も承認。「終生隔離されたんだから、もう社会には戻れない。たとえ結婚していたとして、もはや関係ない、捨てられたんだし」となるわけ。しかも、入園者の男女比率がなぜか男三対女一。女性入園者が独身でいることは不可能に近い、と聞く。
 以上のことを前提として話を進めるね。このことだ。
 黄さんの母親が園内結婚していたことを1年後に見舞った父親が知ってしまい、逆上し、相手の男性をその場にあった包丁で刺す(死にはしなかった)――という事件があった。
 両親がそれぞれが自死したあとに、その事実を黄さんが知るのである。
 黄さんもびっくり。聞く参加者もびっくり。
 父親はもちろん牛窓署に連行される。しかし、入園者のほとんどのひとが署名した嘆願書を持っていったら、なんと釈放。国内法(殺人未遂罪)は適用されなかったんだ。
 両親は愛生園の果樹園で暮らす。邑久光明園の近くに果樹園があったんだ(私は初めて知った)。あまりにも大事件だったので、園内でも人里離れた果樹園で暮らすんだ――。
 両親ともハンセン病になったことで自らを責めに責めた。そうして、こんな刃傷沙汰まで起こし、自らをもっともっと責めに責めたんだ。
 そういうことを息子の黄さんに言えていたら、きっと100パーセント結果は違っていたろう。
 一切を沈黙したまま、ウツ病になり、両親とも飛び下り自死していったのである。
 黄さんはそういう両親をまるごと受忍する。まるごと肯定する。背負う。
 れんげ草の会(ハンセン病遺族家族の会)のひとびとと出会い、家族訴訟において「らい予防法」の本質を問うていくこと。そのすべてを受忍する。
 「そのために私は生まれてきたんだ」と黄さんは言い切っていた。
 すがすがしかった。
 「『らい予防法』下、こんなこと、あったんですよ」と実名を出し、顔写真も出し、「親問題」を乗り越えていく覚悟で、7月15日に訴えていた。
 ある事実がある。人生における事実それ自身はプラスでもマイナスでもない。事実は事実。
 その事実の受け入れ、気の合った人たちに公開し、受忍し、肯定してゆけば、見上げる夕陽も月も山々も光って輝くのだ。
 在日朝鮮人。親の病い、傷害沙汰、自死。
 これらの事実をマイナスと捉えてしまえば、無間地獄。絶え間なく苦を受けることになる。
 何の恥でもないことを他人の基準評判に縛られて恥と自らが思ってしまったら、自分で自分を無間地獄へ落ちてしまう。
 落ちない自由を選びとることができるのだ。
 黄さんは即行動のひと。
 差別のきざしがあると、即抗議、即電話。
 その場でそのひとが「そんな差別、いやだ」「認めない」と即表現していく。
 黄さんのようなひとに私は会ってこなかった。
 「ありがたいな」と思う。
 感謝だ。
 以上、短い報告。交流会で語ったことも交えて、まとめた。

 

 次は9月1日(土)に、とりいしん平さん。「生きのびる愛」というテーマで、絵本に詩、うた。
 お大切に。ともに生きのびよう。

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 19:13 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
「もういいよ」と親に言いたい――黄光男さんの「講座」へ、ようこそようこそ(その2)

 顔写真をのっけさせていただく(最後に掲載)。
 黄光男(ファン クァンナム)さんである。黄さん自身から送ってもらった。
 バック(背景)は、長島愛生園の納骨堂。何万人もの死者が納骨堂にいる。
 どのハンセン病療養所においても、お墓が必ずある。宗教施設も必ずあり、焼き場もあった。死ぬことを前提とする収容所だったからである。
 葬儀があるたびに「死んで煙になって社会復帰したな」「故郷の家家に帰った」と残された仲間たちは言い合っていたと聞く。
 それぞれのひとが自らを責めた。
 自分自身が自分自身に対して加害者であり、社会に残された家族に対して加害者なんだ。
 最初、私はわかりにくかった。
 こんな人生被害を受けているひとびとが加害者なんて。
 しだいに「そこまで『らい予防法』という存在が尋常ではない差別を生んでいるんだ」と思い至ったのであるが。
 「母親は自分がこの病気になったということを、ひじょうに背負ったと思うんです。自分のせいで家族をこんなふうにさしてしもうが、みたいなね。自分を責めに責めたということ。で、それを誰にも言えない辛さがたぶんあったんや、隔離政策がおかしかったんや』って言うんじゃなくて、自分を責めてしまう。自分さえこの病気になれへんかったら、みたいな。当事者が声を上げれないっていうことが、あったんじゃないかと思う」(これも黒坂愛衣さんの、黄さんへの聞き書き)。
 だからこそ、「もういいよ」と親に言いたいのだ。
 黄さん、実名を出し、顔写真も出し、覚悟しながら訴えるのである。
 7/15(日)、黄さんの訴えを聞いてください。
 黄さん、ギターの弾き語りも聞いて。
 井上陽水の「人生が二度あれば」とかが合い間に歌われる。
 ちょっとないひとときだ――。

   講座・言葉を紡ぐ(第120回)
2018年7月15日(日)の午後2時〜4時半。
論楽社(左京区岩倉中在地町148、TEL075-711-0334)。
黄光男(ファン クァンナム)さん(ハンセン病家族訴訟原告団副団長)の「『もういいよ』と親に言いたい――あるハンセン病家族」
参加費1500円。要申し込み(ふつうの民家なんで、よろしく)。
交流会5時〜7時(自由カンパ制、参加自由)。
論楽社に駐車場がありません。近くにコインパークもありません。ご相談下さい。

 

| 虫賀宗博 | ほっとニュース | 20:38 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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