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連載コラム「いまここを生きる」(第281回)道を聞く

 内からの声を聞きたい。
 危機になればなればなるだけ、聞きたい。
 遠く外部からの呼びかけ声のようで、実はきっとすべてが、きっと内部からの声だ。どんなに小さなかすかな声、ささやき声をも聞きとって、自らを問うてゆきたい。
 内部のささやき声。その声、ほんの少し記録してみる。この1週間分をメモしてみる――。

 

   踏絵
 映画『沈黙』(2016年、M・スコセッシ監督)を京都シネマで11月2日に見る。
 40年前の下宿で遠藤周作(以下すべてのひとの敬称略)の『沈黙』(いまは新潮文庫)を読んでいたのを思い出す。
 20年前に井上洋治(『法然――イエスの面影をしのばせる人』筑摩書房、を書いた神父、遠藤周作の親友)を知り、その『法然』をしきりに想う。
 砂漠の遊牧民の宗教と言われているキリスト教を、もっと緑の湿潤の宗教と捉え直していた遠藤周作と井上洋治である。
 キリスト教そのものはいざ知らず、イエスはやさしい。この世で居場所のない、小さくさせられたひとに限りなくやさしい。
 主人公ロドリゴは踏絵をふむ。そのとき踏絵のイエスが声をだす。その声がロドリゴの内部に響く。映画において、はっきりと声で「お前の痛みがわかる」「踏むがよい」とイエスが言うのである。
 友人のHさんは「踏絵をふんだところがはじまりだよね」と言っている。
 ほんとうにそのとおり。私もそのとおりだと思う。
 弾圧。絶滅。そんな戦いをしかけられてのしんがり戦。ロドリゴは拷問されている信者を救うためにも踏絵をふむのである。
 踏絵をふむひとがいちばんつらい。そういうひとにこそイエスは語りかけていく。「内的に崩れてしまってはいけない。そのままでいい」と。
 「そこから始まるんだ」という声がする。

 

   異常気象
 ペシャワール会から「週報」が届く。
 中村哲がアフガニスタン水路のモデルとした「山田堰」のある福岡県朝倉市が今夏豪雨で大きな被害を受けた。その被災地を見た中村哲が西日本新聞のインタヴューを受け、その記事が「週報」に同封されていた。
 「(豪雨の原因は)地球温暖化だ。しかし温暖化を止めることは経済活動を落とし、自分たちの生活を危うくするため多くのひとは意識しないようにしてきた」(西日本新聞、2017年8月20日)。
 ほんに、そのとおり。経済発展を止めないかぎり、続発する異常気象は収まらない。すさまじい豪雨。その反対の異常な渇水。猛暑。10月の超大型台風。そうしてとんでもない酷冬。これらはいまやすべて通常気象。異常気象ではない。
 水俣病があっても、原発事故が起きても、全く経済発展信仰を止めない。つまり、これは戦争経済だ。戦争経済依存症だ。どうすればいいんだ。
 「日本は豊かになったようで貧しくなった。豊かさとは何か見直すこと。目先の利益を追い掛けることをやめない限り、被害は続いていくだろう」(同上)。
 平和と経済発展(戦争経済)は両立しない。徹底的に後者だけを追求していけば、土台がガタガタになり、きっとみんなが貧乏になり、国じゅうが荒廃してしまうのである。「おまえのせいだ」と犯人さがしなんかをして、ズタズタになっていく。
経済成長を止めればいいんだ。

 

   道を聞く
 宇沢弘文さんを読んでいる。最近のこと。
 『人間の経済』(新潮新書、2017年)を11月3日の朝読了。本書の一番最後のページ(P.184)にこんな言葉があり、心に沁みる。
 「“There is no wealth, but life”という言葉を、お寺で修養していた私は『富を求めるのは道を聞くためである』と訳し、経済学を学ぶときの基本姿勢として、これまでずっと大事にしてきました」。
 富は必要だ。ブッダだって、そう言っている。ただし、手段である。手立て、方便である。収奪してきたような富では心が荒廃。そうではなく、「道を聞いて、いのちを充足させるのである。
 それが富の目的。いい言葉。
(11月9日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 16:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第280回)冬の天

 ふと思う。
 なぜ言葉に心をこめ、気持ちをこめて発しないのか。
 なぜ心をこめないことが理性的なんて言うのだろうか。
 悲しかったら、悲しいと言おう。美しかったら、美しいと言おう。
 バタバタと暮らす、ある6日間の記録。心のメモ――。

 

  10月23日(月)
 総選挙の結果が悲しい。
 「みっともない憲法ですよ」と言う現首相が、またまた圧勝した。
 悲しみが深い。
 どのひとも自分が大切だ。例外は誰ひとりない。
 ただし、どのひともすべて「わが身ファースト」だと、社会は動かなくなる。
 銭湯に入っていても、地下鉄で居眠りしていても、きっと残酷なことが起きてしまうことは間違いなし。「アメリカファースト」「都民ファースト」では立ち行かなくなってしまうのも間違いなし。
 「私たち」「オレたち」の自分以外のひとびとのことを考え、社会全体が乗っている船の安全のことをも考えるひとが必要なのである。でないと社会世界全体が立ち行かなくなるのである。
 いまが勝負。一市民として、小さく、声を出していくとき。「みっともない」と言う現首相たちへ、そうして隣国のひとたちへ、世界で苦しんでいるひとへ、「日本国憲法9条こそ、国是である。平和を求める。平和をつくるため、努力したい」と言っていこう。

 

  10月26日(水)
 ひょんなことで街へ出る。本屋に寄って、ひょんなことで、東直子さんの児童文学『いとの森の家』(ポプラ文庫、2017年)を手にし、求める。
 東さんって、全く知らない。何気なく手にし、福岡・糸島(才津原哲弘さんの住所)が舞台――なんて、裏表紙に書いてある。糸島の「いと」なんだ。
 思い切って、買って、読んでみた。おもしろかった。
 実在の白石ハルさんが主人公。多くの死刑囚と交流していたひとなんだ。こんなひとがいたんだね。
 ハルさん、労働者として米国へ渡り、戦時中の日系人収容所に入れられ、苦難を生き、故郷の糸島に戻り、森の家で暮らしている。
 死刑囚の俳句が出てくる。
  冬晴れの天よつかまるものが無い
 やさしさに満ちているのじゃなく、「つかまるものが無い」んだ。うーん、つらい。しかし、そこが帰っていくところ。大丈夫だ。
 「タイムマシンが使えたら、時間をさかのぼって絶対にやめろって自分に言いにいくのに」(同P.140)。タイムマシンがあったら――。

 

  10月28日(土)
 尹東柱(ユン・ドンジュ)の記念碑の除幕式がある。宇治の宇治川の上流、志津川と合流する所に、碑が建てられた。京阪「宇治」駅から、私の足で歩いて25分の距離。
 同志社大学留学時代の尹東柱、宇治川沿いへハイキングをし、友人たちと飯盒炊さんをした。請われて「アリラン」を歌っており、天ヶ瀬の吊橋前で生涯最後の写真をとっている。その直後に逮捕されているので、そんな「敵のいないひととき」が直前にあって、よかったと思う。
 その地に「わたしの道はいつも新しい道」(「新しい道」の詩が刻まれ、韓国と日本の花崗岩によって碑が建てられた。
 日本と韓国・北朝鮮は、永遠の隣人である。隣国である。一刻の感情で殺しあってはいけない。タイムマシンはないのだから。
 日・韓・朝のひとたちが訪ねつづける名所になってほしい――。
 午後に大阪の高槻で映画『世界でいちばん美しい村』石川梵監督、2016年)を見る。見たかったのである。
 ネパールの地でも2015年に大地震があり、9000人の死者を出した。そのひとつの村においても、日常の風景が破壊されたけども、その村で生きて死んでいったひとたちとの心の交流の儀式をやりこんでいくことによって、人々が再生していく。その姿が丹念に記録されている。
 死者たちを深く弔い、「ありがとう」を伝えることによって、生者たちは再生していく。
 死者たちは生者たちに「生きよ、生きよ」と言っている。伝えている。
 その声は無音で、満天の星空のまばたきのように降ってきている。
 ちょうど9条のように。「生きよ、生きよ」と。
(11月2日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第279回)わかっちゃいるけど、やめられない

 『植木等とのぼせもん』(NHKドラマ)を見た。きのう(10月21日)が最終回。全部は見ることができなかったけど、小松政夫(以下敬称略で行くね)の淀川長治のものまね(これはいまでも出色)から始まる導入とか良かった。けれども、やっぱし、山本耕史の植木等役では、歴史上の植木等が実際持っていた「輝くばかりのアナーキーさ」が出ない。良くやっていたけれども、全くもの足りないものだったね。私はそう思った。
 たとえば、植木等の『ニッポン無責任時代』シリーズは単なるB級映画では決してないと思う。
 いまもそうだけど、体制権力は個人ひとりひとりの幸福について、何の責任を感じもせず、責任を持とうともしない。
 福島のヒバクシャも沖縄のひとびとのことも外部に置いて切り捨てていくではないか。
 そういう体制に対し、笑う。まず、笑うこと。笑うことは人間批評。笑うことは武器。陽気に笑い飛ばす。「とかくこの世は無責任 こつこつやる奴ァ ご苦労さん」と笑っちゃうのであう。
 植木等の仕事は、まっすぐ、まっとうに笑い飛ばすことだったのである。
 中世フランスにF・ラブレーがいた。ガルガンチュア、パンタグリュエルという巨人をラブレーは創造した。当時の圧倒的な教会の秩序権威の欺瞞(ぎまん)に対し、大量のウンコや大量のオシッコをして教会僧侶のすべてをクソまみれの洪水で洗い出し、笑いとばしていた――というフィクションを思い出してくれてもいい。下品でエネルギッシュな哄笑が間違いなく新しい時代をつくっていったのだ。
 植木等が「こつこつやる奴ァ ご苦労さん」と唄っていたころだって、刻苦勉励、誠心誠意、不言実行とお説教を指導者は垂れながら、ズルイことを裏でやってるのがふつうだった。ついこの前の戦争だって、よくわからん戦争にかり出されたままで多くの男たちは軍部指導層から見捨てられ、南海の島々で病死餓死していったのである。まじめに戦場に行き、まじめに戦い、まじめに死んでいったのだ。「こつこつ」と生きて、「こつこつ」と殺されていったのである。忘れてはいけない。
 もっと居直って、「天皇!? ふん、上等じゃないか」「戦争!? おゝ、上等じゃないかよ」へと、生のアナーキーを湧き上げていく道はあったし、いまもあると思う。
 よく知られているように、植木等の父親は徹誠といって、坊主だ。浄土真宗の僧侶。戦時中の三重で部落差別に怒って抗議し、獄に入れられ、「戦争は集団殺人だ、卑怯だ何だと言われても絶対に死んじゃ駄目だ」とひとびとに説いて、再び獄に入れられていた元気なひと(戸井十月『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』小学館、2007年)。こういう事実を『植木等とのぼせもん』においてもほんの少しでも触れてくれるといいんだけど、ゼロだった。残念。
 「ちょいと一杯のつもりで飲んで、いつの間にやらはしご酒 気がつきゃホームのベンチでごろ寝……わかっちゃいるけどやめられない」(スーダラ節)。
 この有名な詞も、父の徹誠が「これは親鸞の唄だ」と他の誰よりも最初に評価したらしい。「親鸞上人は90歳で亡くなったけど、亡くなる時に“我が生涯は、わかっちゃいるけどやめられない人生だった”と言ったんだ。それが人間てものなんだよ(略)。ヒット間違いなしだから、自信を持って歌ってこい!」(同書)。
 実際の植木等自身は刻苦勉励努力のひと。金に頓着なし。酒も飲めない。「スーダラ節がヒットするようじゃ日本はおしまい」と思っていたまじめ男。それが人生の妙味。おもしろい。
 植木等(この名、人間は平等という父の願い)。偉大さを決して目指さなかった謙虚さと品格に満ち、いまも私は好きだ。単なる陽気じゃない。底抜けの、青空の、アナーキーな陽気さがいまも非常に好きだ。
(10月26日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 18:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第278回)放下(その2、完)

 ロシア民謡に「一週間」がある。
 その替え歌をとりいしん平(鳥井新平)さんがつくり、才津原哲弘さんへのオマージュにした。
 10月7日の「講座」のラストで初披露される。
 「ココロの病院」「出会いの畑」「魂の食堂」という言葉が連なる。
 いいんだ。いい唄だ。才津原さんと縁のなかったひとにも何かが伝わるんじゃないのか。
 タイトルは「こんな館長みたことない」。全文引用してみる。長いけどね。

月曜日は図書館休み
火曜日に本をかえして
水曜日に雑誌をながめ
木曜日は絵本にひたり
金曜日はソファで昼寝
土日は館長としゃべる(*)

 

図書館は本を読むとこ 借りるとこ
そう思ってた 才津原さんと会うまでは
図書館はココロの病院
出会いの畑
図書館は魂の食堂

 

館長は忙しいのに手をとめて
汗をふきふき全身全霊の対応
いつも面白いこと考えている
お金はないけど思いはいっぱい
伝道師のようにかけずりまわり
文化の花をさかせましょう

 

小さな身体に あふれるパトス
図書館の イメージかえた
こんな館長みたことない
才津原館長の大きな革命

 

あなたとすごした能登川の日々
炭火となって胸の中で燃えつづける
ありがとう めずらしい館長さん
こんな館長みたことない 才津原さん
(*)リフレイン

 この画面のココを押すと、しん平さんの軽快でうまみのある歌の動画が実際に流れる――てなこと、できるといいんだけど。ゴメンネ。
 いまはここで言葉のみで、古風に、想像してみて。才津原さんの姿を。ニコニコといつも笑いながら汗だくの姿を。
 私は改めて思う。ひとを肯定し受容していくことって、生きる意欲を育てることだって。
 (きっと)しん平さんは才津原さんから肯定された。あるがままに肯定されることがどれだけしん平さんの生きる意欲を育てることか。
 しん平さんも才津原さんをあるがままに肯定した。(きっと)才津原さん自身もますます生きる意欲が沸いたことか。
 その相互肯定。その相互受容。これがいかに世の中少ないか。いかに少ないことを才津原さんは為しつづけたか。
 才津原さんはどんな農夫(婦)にでも知り合いだったら声をかけている。5分でも10分でもその場で話し込んでいる姿を見なかったひとはひとりもいない。とっても忙しいのに。
 話せば、すべてがわかる。ウソっぽいひとか、そうでないか。誰だってすぐ理解できる。
 受容されているって、ゆっくり肯定されていくこと。これがいかに大切なことか。
 才津原さんと話せば、肯定されていく。肯定されてこそ、自らの人生が始まっていく。
 図書館だ、教育だ、政治だ、宗教だって、いくら議論したところで、この人間の基本が動かなければ、何も湧かない。何も生まれない。
 何が基本か。まず自己を肯定し、ひとを肯定していくってことだ。
無理すると、ウソっぽいし、破綻する。ひとは愛されたようにしかひとを愛することはできない。ひとはひとによって肯定された分しかひとを肯定できないんだ。
 才津原さんをカリスマとして崇めても何も始まらない。才津原さんは「ほんまもんの図書館」をつくるんだと思う瞬間に(なぜか)空(くう)、無になれるんだ。放下(ほうげ)できるんだ。そのとき、慈悲と知恵が生成される。これは誰もができる道でもあるよ。
 私たちは私たちのできるかぎり、自分を肯定し、ひとを肯定するしかない。その道を歩こう。
 才津原さんなしでも「ココロの病院」になっていかねばならない。「出会いの畑」に自分の体をしていかなければならない。「魂の食堂」を自ら営まねばならない。
 しかし、くりかえすけど、無理はできない。無理はできないけど、ほんの1ミリでも前へ前へ出ていこう。ほんの1ミリでもきょういち日自分自身を大切にしていこう。
 ひとを傷つけ、否定する言葉をはく。そんなひとが多すぎる。そういうひとにはなるべく近づかないほうがいい。ひとは強くないから。
 肯定の言葉に近づこう。自分自身でも肯定し、そういう言葉のひとに近づこう。そうして、ゆっくりひとを肯定できる人間になっていこう。
 才津原さん、ありがとう。とってもいい、この上もない再会だった。
(10月19日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 09:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第277回)放下(その1)

 10月7日(土)と8日(日)の2日間、才津原哲弘さん(能登川図書館の初代館長)と計17時間を過ごした。
 7日(土)は論楽社の「講座」。8日(日)は彦根の西覚寺の集い。
 それぞれ濃密なひとときを参加者のみんなと共有した。
 きっかけはことしの2月。中野亘さん(陶芸家)と高原美都子さん(僧侶)が言い出し、塩田敏夫さん(毎日新聞)と私の2人に声をかけ、4人で「実行委員会」をつくり、「やろう」と。そうして計4回集まって、準備してきたのであった。
 きょう9日は疲れてはいるけど、充足感に満ちている。ラグビーの試合の翌日と言えばよいか。
 2日間才津原さんのヨコにいて、つらつら感じたことを少し書いてみる。
 もともと才津原さんには治療者マインドがあると思ってきたけど、そのポイントが才津原さんの精神の運動というものが局面ごとに空(くう)、無になっていくことなんだと改めて感じたんだ。
 私のような凡夫は欲界からたとえ離れることができたとしても色界、無色界(「三界に家なし」の三界だ、でもこれらの説明、いまは略する)からはとうてい抜けだすことはできない。
 才津原さんの話は理路整然、論理一貫というレベルではない。
 話の骨子は「ほんとうの図書館をつくりたい」「ほんまもんの図書館を願う」という溢れる思いである。
 その思いが溢れ出る。
 Aさん、Bさん、Cさん……に出会うことによって、「ほんまもんの図書館」への思いがぐうっと深まる。
 その「ぐうっと深まる」とき、ふしぎなことに才津原さんは空(くう)になり、無に近づくのだ。空(から)っぽに、きっと、その瞬間なれるんだ。欲界、色界からポッと離れるんだ。
 どこか無色界のインテリ性、宗教性、理路への拘(こだわ)りすらも、放下(ほうげ)するんだ、きっとね――。
 これらが放下するからこそ、知恵が湧く。慈悲が溢れる。
 知恵、慈悲と私はカンタンにいま書くけど、これはスゴイことが体から湧くということだ。中村哲さんのように、安江良介さんのように、生きぬいてしまうことなんだ。
 もちろん私はまだできない。できていないけど、才津原さんができていることを発見する喜びがある。2日間で確信になった。
 いま現代日本社会は「官」が「官」として太ってしまっていっている。パブリック・サーヴァント(ひとびとへの奉仕者)はほとんどいない。私たちの中にも公共という言葉も消えてしまっている。
 「官」は、つまりドレイにさせられていく民衆の支配者だ。ドレイの主人だ。民の語源は「目をつぶして盲目にする」意味。その民が、ドレイの民がますます「官」をつくり育てている。
 その「官」に楔(くさび)を打ち込むためには、きわめて具体的に、法規上の提案を繰り返していかねばならないことを才津原さんは2日間で言っていたと思う。
 そうしないと、「官」の実態がはりぼての、ウソのかたまりであることが示現できない。具体的な図書館の提示提案しつづけて、「官」を「民」へ少しでも近づけることが明快に才津原さんから語られてあるのを、感動をもって、私は聞いていた。とってもいい2日間だった。
(10月12日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 10:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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