論楽社ほっとニュース

京都・岩倉の論楽社からお届けします
連載コラム「いまここを生きる」(第332回)青い空

 論楽社には「紙リサイクル」というハンコがある。私あてに送られてきた封書の住所のところに白い紙を張り、再利用。30年近くやっている「ひとり市民運動」。どうも面倒と思われるようで、1〜2人にしか広がっていない。私、こういう手作業が好きなんだ。
 新しい小型ハンコが加わった。小さなブッダ。右手を上げている。ブッダが「やあ、調子いいね」と言っているようだ。そう思って、奈良の国立博物館で求めた。
 そのリトル・ブッダのハンコを手紙、ハガキにポコンと打って、「いまここを生きる」「いまここをほほえむ」と書き添えている。でも、少し押し付けの感じも湧く。いろいろと考えた結果、結局のところ「ともにいまここを生きる」へ辿り着く。
 これだ。心の底から思える。これがいい、と。ともに生き、ともにほほえんでいくようになってゆきたい。
いまここしか、主体として生きることができないのだから、明日のためにも、少しでも、生々と在りたい。いまここを生きる。ともに。
 そんな10月の日録の抄録——。

 

   10月10日
 石川真澄というジャーナリストがいた。私は好きで読んでいた。思い込みのイデオロギーの時代に、誰もが目にしている表やグラフのデータを中心に政治を論じていた。どんな現実主義者の論よりも現実を捕らえていた。
その石川さんに『ある社会主義者——羽生三七の歩いた道』(朝日新聞社、1982年)がある。35年たって、再読。名著と思う。文庫版、出してほしい。
 羽生(はにゅう)三七(さんしち)。父親が37歳の子だから、付けた。後に「なんでこんな変な名を付けたのか」と父に聞いたら、「選挙のとき連呼してもみんなの心に届くだろうが」と言われた。なんと捌(さば)けたひと。そういう現実を見る目が父にも子にもあった。長野の伊那谷の米穀商の日々で培われたもの。現実が理想を鍛え、理想が現実を育てていくことが体に染みていたんだ。小学校卒で「ともに生きる」活動を志し、戦後に参議院議員のとき、日本で最初に非武装中立を提唱していったことも同じ現実感ゆえであった。ちょうど石橋湛山が持っていたのと同じような現実感ゆえだった。

 

   10月—日
 明子の里へ行く、実家の寺のウラヤマに登る。「登山道が整備された」と聞いたゆえ。
 そのウラヤマの名は大飯(おおい)ヶ辻山(1040メートル)。別名は井河内(いごうち)大山。
 明子と往復3時間のハイキング。全山が黄葉紅葉。腐葉土のあったかい香りに満ちる。杉の植林がゼロ。大山(だいせん)信仰の山だからだろう。
 頂上からはその大山、船通(せんつう)山、道後山が見渡せるか、と思ったけど、あいにくの雨。水墨画のような色合いの山々があった。
 忘れえぬ山。

 

   10月26日
 映画『モリのいる場所』(2017年)をやっと見た。
 熊谷守一(もりかず)の伝記映画。『へたも絵のうち』(平凡社ライブラリー)の絵かき。大好き。
 仙人というイメージを展開しているんだけど、どこかちょっと空転しているのを感じた。音楽の奇怪な感じが少し示現していた。それぞれの表現があっていいし、それはそれでおもしろいけど。
 仙人じゃなきゃなんだ。私は意識を包み込む青空を見つけ出したひとと思っている。透明で深い生命の泉が溢れ出してきたのだと思う。子どもを餓死させたころから、ふしぎに意識の底の青空を見つけた。あまりもの悲が導いたと思っている。
 「さあ、学校へ行ってらっしゃい」と妻が言う。夕食が終わってから「そうや、学校へ行ってくる」と立つ守一。学校とはアトリエ。絵を画くという修業するところ。
 守一は97歳まで修業し、青空を深めた。いい映画。

 

   10月—日
 本田哲郎さんの自主的な聖書(ローマの人々への手紙)の研究会が伏見の教会で開かれている。3回目の参加。
 仏教で最も大切なことをひとことで言えば、慈悲だ。
 本田さんのキリスト教において、その慈悲はもっと深められている。「小さくされた、低くされたひとびと」をまっ先に神が見つけ出しているのだから、気づくこと。そういうひとびとを大切にしていくことがすべてのひとびとを救済することに至るということ。無教会派の仏教徒の私にも、その気づきは大切であるということ。
 「これだ!」と思い、参加。
 私の青空発見。
(11月1日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:40 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第331回)1987年革命

 もう、ちょうど1か月たった。
 映画『1987、ある闘いの真実』(韓国、2017年)を見た。
 頭の芯からいろんなことを考えさせる韓国映画だ。
 デモの学生を殴打する。ふつうの市民を水責めで尋問する。
 その光景。その音。
 それらは、その7年前の光州の住民虐殺事件(あの映画『タクシー運転手』のとおり)の影響の深まりの中で起きた。
 1987年6月の民衆民主化抗争の姿。革命の姿。
 当時、月刊誌『世界』(岩波書店)に「韓国からの通信」という連載があった。1973年5月号から88年3月号にかけての15年間のこと。匿名の「T・K生」が報告するという地下秘密レポート。
 毎号毎号「T・K生」をまず読んだ。
 抗議ハガキを出すぐらいしかやれていなかったんだけど、殴打する音が聞こえるわけないのに、聞いていた気がしていた。水責めの音も同じように聞こえるわけないのに聞いていたような気になっていった。
 徐(ソ)兄弟事件をはじめ、京都からの在日の留学学生たちをスパイに仕立てる事件も多発。その獄中からの通信を、何度も何度も読んで、読み直し、わが人生を考えていた。間接的ながら、一日本人の私もほんの少し同時代を生きていた。あの時代、あのとき——。
 ちなみに2003年にその「T・K生」は池明観(チ・ミョンガン)さんとわかる。韓国の地下ルートを経て、欧米の韓国人ネットワークを潜り、東京の池さんへ。都内のどこか(毎回変える)で池さんから安江良介さん(当時の編集長)に手渡され、即座に書き写した(池さんの筆跡がわからないように、池さんの原稿も捨てる)。安江さん自身も安全を警戒しながら生き抜く。後で安江さんから聞いた。
 各国語訳が刊行され、国際世論が喚起されていった。これは1987年の民主化抗争の勝利の援護射撃になった。
 当時の韓国のひとたちの感じが伝わってくるマンガ『沸点 ソウル・オン・ザ・ストリート』(作はチェ・ギュソク、訳・加藤直樹、ころから、2016年、以下本書とするね)を縁あって読むことができた。
 韓国のマンガを初めて読んだ。おもしろい。まるで映画『1987……』の原作のようなマンガなんだ。地域の図書館にリクエストして、実際に手にしてほしいな。
 朴正煕(パク・チョンヒ)から全斗煥(チョン。ドゥファン)への15年間、どれだけ韓国の民衆が苦しんだか。その理由のひとつに、権力の正統性のなさがある。朴政権もひどかったけど、クーデターによって奪ってしまう全政権の正統性は全くなかった。光州の民衆を虐殺し、恐怖政治を敷こうとしたけど、失敗。7年しか持たなかった(こういう全政権を、どの他国よりもはやく承認したのが日本政府だったことは決して忘れてはいけない)。民衆の底力からすれば、7年もよく持ったのかもしれない。結果は1987年6月の民衆の勝利。でもそれは結果。当時は、あと30年かかると思ったかもしれないし、あと50年かかると思ったかもしれないと思うひともいたはず。勝利は明日か。明後日か。わからなかったはず。
 マンガ中の獄中対話。逮捕されたもの同士の対話。
 「世の中も100度になればかならず沸騰する。そのことは歴史が証明している」(本書P.96)。
 「オレだって分からなくなる時があるよ」「だけどそのたびにこう思うのさ」「今が99度だ。そう信じなきゃ」「99度であきらめてしまったら、もったいないじゃないか。ハハハ……」(同P.97)。
 この「ハハハ」の底力だ。
 強い生命力だ。涙が出るほどの、とてつもない生命を信じる力だ。
 同じ民族が分断され、熱戦冷戦に苦しめられても、韓国民衆は乗り越えられたのである。
 深い敬意を持つ。人間社会、韓国だっていろんなことはあるだろう。でも、こういう民衆革命体験は死んでいない。凄いことだ。
 人生皆苦。苦は思いどおりに進まないことを言う。日本の場合、それに米国や天皇の支配圧力が加わり、助けあうべき共同体は壊れた。
 そういうときこそ、慈悲(じひ)だ。どんな宗教も学問も慈悲を生むためにこそある。人生は思いどおりには行かない。だからこそ、思いがけぬ慈悲を受けあうことによって、前へ進む。その慈悲の行為を繰り返すこと。それがいつの日か、「ハハハ」の底力とともに歩める。韓国ではない形で、ワシらの「ハハハ」も示したい。いまここから始めよう。いまは明日に続くのだから。
 もっともっとワシらは関わらねば。「かかわらなければ路傍の人」(塔和子)なのだ。そう、いま思う。
(10月25日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:10 | comments(1) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」」(第330回)水のかすかな音(ね)

 大阪の門真の友人から小さい本が届いた。
 『いのちの水』(トム・ハーパー、訳・中村吉基、絵・望月麻生、新教出版社、2017年、以下本書とするね)。
 ちょうど1か月前に岩倉図書館へリクエストを出した本だったので、図書館から連絡が入る前に、友人から届いて、少しびっくりした。
 「キリスト教が舞台ですが、仏教でもイスラム教でも同じ問題を抱えていると思います。もし、もう入手済みで読まれていたら、またどなたかにおまわしください」と手紙が添えられながら。
 ありがたい。ありがとう。
 短いので、すぐに読了。でも、もういちど、さらにもういちどと読み返す。何回読み返せばよいのか。きっと本書を必要としないときまで、読みつづけなければならないだろう。そういう本書だ——。
 本書は寓話。「むかしあるところに、岩だらけの広い荒野があった」と始まる(ページが打ってないので、明記できない)。
 その荒野に巡礼道があり、「岩から水が湧き出ている場所があった」。
 この泉は誰が発見したのか、わからない。
 そうして、これがきわめて大切なのだが、誰のものでもない。水というものは、もともと誰のものでもなく、生きとし生けるものたちのすべてのものである。
 「ただ単にのどの満たされることを体感して驚き、喜んだ」。
 「その水を飲むと体も心もいやされ、希望と勇気がふたたび強められたのだ。人々は生きることに新鮮な意味と豊かさを発見した。それぞれの重荷をふたたび担い、新たな思いで歩きだすことができるようになった」。
 この泉は「生きる水が溢れる場所」と名づけられ。「いのちの水」と呼ばれるようになった。
 時を経て、ひとびとはこの泉に感謝し、記念碑を建てるようになった。
 その碑はしだいに大きくなり、聖堂になり、周囲はなんと高い壁で包囲されてしまう。
 儀式が生まれ、規則が定められる。水を飲めるひとも限定される。
 その限定政策をめぐって、争いが生まれた。戦争は最悪最低最大のいのちへの犯罪。いのちの水をめぐって、戦争がはじまるのである。
 勝ったひとたちは、いっそう大きな記念碑と壁を造り、泉も覆われ見えなくなり、ついに忘れられてしまった。
 「神殿のかたわらを通り過ぎるとき、むかし聞いた隠された泉の物語を思い起こし、言葉にできぬほど強い懐かしさと憧れに捉えられた」。
 泉を管理するひとに「誰もがふたたびその水を飲んで力を得られるよう」と迫るひと(預言者)が現れたけど、殺される。
 「ごくわずかな巡礼者たちの耳に、ときおり奇跡のような音が聞こえていた。(略)はるか深い底から聞こえてくる、流水のかすかなこだまだった。そのとき、決まって人々の眼は涙で覆われるのだった」で本書は終わる。
 いろんな解説や説明は可能。でも、あえて止める。
 このラストの「はるか深い底から聞こえてくる、流れのかすかなこだま」の音を、いまここでも味わいたいと思う。
 どのひとにもある「いのちの水」だ。その音は。
 そんな音がすっかり聞こえなくなっているひともいるし、その音の存在自体を疑っているひともいる。
 もともとみんなにある音。宗教以前の、中村哲さんの湧き水のような音。聞こえてほしい。
 「かすかなこだま」の音がいまここにある。
 その音によって、地上の権勢を相対化させる精神の運動が生み出される。そのささやかな精神の運動を、ただ宗教と呼んだだけ。もともと何もない。相対化できなければ、宗教に存在価値はない。地上の価値を絶対化し、その価値を体現しないひとを差別するようなものは宗教ではない。そんなことを本書は示現している。
(10月18日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 06:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第329回)性、いのちの根

 絵本の『花ばぁば』(ころから、2018年4月、以下本書とするね)を読んだ。
 何度も何度も本書を繰り返し眺め、味わった。
 書き手+描き手、クォン・ユンドク(権倫徳)さん。
 地味深い文と絵を紡いでいる。
 とにかく絵がいい。紅色も雲色も空色も、灰色がどこかに隠されている。いまここに在るのに、古(いにしえ)へ古へ遡っていくような絵。仏画のようでもある。
 あるいは、土の画のようである。土は過去のすべての動植物の死の総体。土が現在明日のいのちを育む。そんな土のような、地味の深い絵。祈りの絵。
 本書は日本軍「従軍慰安婦」と言われる戦時性奴隷にされた女性を中心に据えている。
 朝日新聞社のミスもあり、現首相たちの勢力が、その女性たちを「商売女たち、金もらって体売ってるんだ」と盛んに蔑んでいる。ヘイト(憎悪)している。
 本書(リクエストして右京中央図書館にあったのを借りた。今度あまりにも良いので書店で求めてみよう)の中央部のページもなぜか切り破られ、テープで補強されている。単純ミスのような破りかたではない。
 こんなことで、ヘイトスピーチをしているひとたちが言う日本国の名誉が守られるのか。心配である。
 黄土色と空(から)っぽの服。これが本書の底力を際立たせ、おもしろいのである。
 旧日本軍の男どもの肉体はあえて描かない。黄土色の軍服やくるくる回るかのように描く紐によって、象徴。
 すべてが空っぽの服のままの日本兵。あえて非在の存在感。
 日本兵。縁あって日本の男として生まれ、臣民教育を学校で受け、軍隊に入れられ、上官による私的制裁(暴行リンチ)と厳しい監視、激しい戦闘の日々。休暇もなく、食料の補給すら、ほとんどない。人権も人格もない。
 開発独裁国(当時)の日本の帝国主義侵略の日常が、空っぽの黄土色の軍服によって浮遊してしまっている。加害性まで浮遊してしまっている。
 いまだに空っぽの軍服のままに浮遊しながら、奇怪な発言を繰り返し、セカンド・レイプ、サード・レイプ。エターナル・レイプを繰り返すのか。
 謝(あやま)るって何か。ひとのために謝るのではない。自分自身のために謝るんだ。自らの内部の何か(正義とか、やさしさとか)に気づいて、それを回復して生きてゆきたいから、「悪かった」「ごめんな」という言葉が出てくるのだ。
 南京大虐殺のとき、2人の日本兵が「どっちが早く100人切ることができるか」と競走があった。それが50人か60人か切った(これだけでもスゴイ)ところで、軍刀の刃がかけた。で、この百人切り競走が終わってしまった。だから、百人切りはウソだった。ゆえに、「南京大虐殺の全体だって、伝聞だらけで、事実かどうかもわからん。ウソだ」という論があった。いまもその妄論を信じているひとがいる。
 「100のうち、1か2かがウソだったら、100のすべてがウソでいいかげんなもん」という論理だ。
 軍性奴隷の女性たちの証言もそうだ。時計もカレンダーも地図も手帳もない場所で発生したことの部分が不正確だからと言って、その全体が、すべてがウソと言えるのか。
 たとえば、1年前、1か月前の夕食のメニューを覚えているひとがいったい何人いるのか。
 軍の公文書は焼却されて、ない。あったとしても決して公開しない。そういう国家権力に対して、オモニたちは素手で立ち向かっている。その権力を、いまだに女性を差別し、朝鮮人中国人を侮蔑しているようなひとたちが支えている。
 オモニの記憶の証言が唯一の証拠なんだ。
 その言葉を全身で聞いていく以外にないではないか。現場に立って全身全霊で聞けば、わかることではないか。
 性はいのちの深い根。あたたかいいのちの源泉。
 その性をぼろぼろにして敵対する民族を抹殺しようとしたのか。辱めを与えて敵の士気を下げようとしたのか。軍人の欲求を満たしただけなのか。
 なんでいのちの根をもっと深めないんだろう。
 戦争があると必ず性暴力が発生する。日本国は全身で立ち向かわないと、また同じことを繰り返すことになる。
 してほしくない。
(10月11日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 07:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
連載コラム「いまここを生きる」(第328回)パン種

 光る言葉。ただ自ら光っている言葉。それが好き。私自身にとっては、それがおいしい。
 それも、短い、小さな言葉。よく噛んで、旨みを味わいたい言葉だ。
 たとえば、そんなメモ書きの断章の25。
 ほんの少し書いてみる。カッコの中は引用者名。敬称略。直(直接味わった言葉)。

 

 1.一億一心にならないで、一億一億心になるように(藤田省三、直)
 2.所有とは窃盗である(プルードン)
 3.教会に来ようと来まいと関係ない、ひとは宗教によって救われるのでない(本田哲郎、直)
 4.親問題を解くこと(鶴見俊輔、直)
 5.耳より上に手をあげない(阿波根昌鴻)
 6.嵐から 雲から 光から
    新たな 透明なエネルギーを得て
    ひとと地球になるべき形を暗示せよ(宮沢賢治)
 7.私には顔がない(森崎和江、直)
 8.すっぽんぽんのいのちを生きる(森崎和江、直)
 9.アフガンを救うのは武器ではなく、水だ(中村哲、直)
 10.その瞬間瞬間を捨て身でかかる(中村哲、直)
 11.ほんものの図書館は天から降ってこない(才津原哲弘、直)
 12.母はいちどだって強い子になれとは言わなかった、ただ、やさしかれ、やさしかれと語りかけた(松下竜一、直)
 13.どのひとも必要があって生まれてくる(金在述、直)
 14.強制連行され、働いて、死んでいった朝鮮人の肺塚を建てる(李貞鎬、直)
 15.動けば、動く(伊奈教勝、直)
 16.あなたがいて、私がいる(伊奈教勝、直)
 17.対決するものの根づよさをようやく知りはじた(島田等、直)
 18.日本の村のつくりだしたものに比べられるような思想的達成は(日本に)まだないのではないか(谷川雁、直)
 19.祈るべき天と思えど天の病む(石牟礼道子)
 20.生きることに飢えかわいていた(近藤宏一、直)
 21.戦後の日本は外交と言い得るものはなかった、あったのは日米関係だけ(木村俊夫、安江良介から聞く)
 22.核兵器に殺されるよりも核兵器に反対して殺されるほうを私は選ぶ(宇都宮徳馬、安江良介から聞く)
 23.9条を改めたら、アジアの国の民衆の怒りと不信は10倍にも強くなる、9条改定は国の問題ではなく国際問題(日高六郎、友人から)
 24.ぼくらの暮しと企業の利益とがぶつかったら企業を倒す ということだ ぼくらの暮しと政治の考え方がぶつかったら 政府を倒す ということだ(花森安治、友人から)
 25.真の文明は山を荒らさず 川を荒らさず 村を破らず 人を殺さざるべし(田中正造の日記)

 

 以上。

 岐阜の生家には本は仏教書以外なかった。新聞は岐阜日々新聞(当時、現在は岐阜新聞)。小学生のチビのころから私はその「にちにち新聞」(と呼んでいた)をよく眺めていた。気づいたら、読んでいた。言葉も覚えた。
 中学生のころから、コラム(囲み)記事を好んで読むようになっていった。
 いま、そのコラムを書いている。
 短い、(できたら)光る、旨みのあるコラムを書いてみたい。そう思っていまもペンを持つ。
 その骨子となるメモ。断章。光る言葉。
 これらを酵母にしてパンにしたい。
 食べてもらいたい。
(10月4日)

| 虫賀宗博 | いまここを生きる | 09:24 | comments(0) | trackbacks(0) | - | -
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